スタッフや設備の稼働率に意識を奪われていませんか?

  
2023年2月1日

患者1人あたりの医療従事者を増やすと?

弊社のコラム(「顧客の待ち時間を短くするには?」)の続編として、今回も病院の事例を想定してみましょう。

患者さんを待たせないための方策の1つに、医療サービスを提供する医師や看護師など職員を増やす、という選択肢があります。その際、どのように人員を配置すればよいでしょうか。ある診療科では診察室を4つ設けているとします。図1はそのイメージです。

【図1】

図1には、4つの診察室に、医師と看護師がそれぞれ1名ずつ配置されています。そして、1人の患者さんの診察には平均で30分を要しています。

この場合、さらに診察室を1つ、2つと増やしていけば、それに比例して、ある時間あたりに診察できる患者さんの数も増やせるでしょう。

ただ、その場合、必要な医師や看護師などの人員を確保できるでしょうか。また、診察室の設置スペースや医療機器の購入、リースにかかる費用は十分に賄うことができるでしょうか。そのためには要求されるサービス基準(患者1人当たりの平均診察時間)がどれくらいであれば適正なのか、を考える必要があります。単に短くしようと診察室の数を増やしても投資対効果は悪化します。

患者さんが引きも切らず訪れるならばよいものの、もし来ない時期が続けば、設備の維持管理費や人件費がかさんでしまいます。需要に見合ったサービスの供給量にするバランスが重要です。

一方、診察時間を短くするために、1人の患者さんにかける医師や看護師などの数を増やす、という方策も考えられます。具体的には看護師さんの配置を変えて診察室に1人増やし、診察の前に必要な段取りの準備や検温などバイタルデータの取得と分析を進める、または医師が行う治療をサポートして処置を効率化する、といった対応をすることでトータルの診察時間が短縮されるかもしれません。

【図2】

図2は、患者を担当する看護師の数を増やし、時間を3分の2に短縮させたケースを想定しています(実質的な診察内容は、図1と図2に違いはないとします)。

図2を医師や看護師の立場から眺めてみましょう。患者1人あたりの診察にかかる時間は短縮します。1時間あたりに診察できる患者数は2人から3人に増えます。ただ、その分、医療従事者の休憩時間を考慮した交代制にするなど、過度な負担がかからないような配慮が必要かもしれません。

患者さんの立場ではどうでしょう。患者1、2の方は、図1と比べて図2では10分短く診察が完了できます。

患者3、4の方は、患者1、2の方に少し遅れて病院に着いた場合、すぐに診察してもらえず、図1に比べて20分ほど待たされることになります。

とはいえ図1の場合だと、2番目に診てもらうには30分待たなければなりません。それに比べると図2の待ち時間は10分短くなります。

病院経営の側面ではどうでしょうか。図2では診察室の数は半分になるため、その分、設備投資や業務費用の発生を抑制する効果が見込めます。

ただやみくもに「設備投資がもったいないから」と、診察室数を切り詰めると、たくさんの患者さんが集中したときに対応しきれなくなるので注意が必要です。病院にとっては機会損失になりますし、患者さんの満足度も下がります。あらためて要求されるサービス基準、また需要とサービスの供給量のバランスが大切です(リトルの公式に基づく、図1と図2のスループットの違いについては、末尾の補足をご覧ください)。

トラブル対応とリソースプールの設置

ジョブショップ型の業務オペレーションでは、定常的な運用のほかに、優先度の高い緊急案件が舞い込み、対応が求められることがあります。

そのために、緊急対応チームは別に待機させておくことが重要です。

そのチームのメンバーは、定常業務のチームと交代制にしても構いません。ただし、定常業務チームと緊急対応のチームのリソースはできる限り、兼務させないほうが良いでしょう。

定常業務の中に緊急対応が入ると、医師や看護師に頭の切り替え(広い意味での「段取り替え」)というストレスがかかるためです。タスクの切り替え自体が悪いわけではないですが、切り替えがプロジェクトの早期完了に役立たない場合、TOCでは悪いマルチタスクと呼び、注意と対策が必要です。

「実際の現場ではそんな悠長なことはいっていられない!」「この先生でなければ(他の医師では)対処できないんだ!」という特別な場面もあるでしょう。

とはいえ、常に特別な場合とは限りません。悪いマルチタスクに陥らないようにバッファを持たせた体制を整えたり、中長期的な視点で人財育成を進めたりすると、組織全体のスループットの向上につながります。

定常業務の人員と緊急対応の人員を含めて、TOCではリソースプールと呼びます。

【図3】

図3では、人財のリソースプールを設けました。この時点では、図1で登場した医師C、Dが待機しています。医師C、Dは緊急対応のほかに、医師A、Bのサポートをしたり、空いている時間は雑務や論文執筆など期限が比較的緩やかな業務に時間を活用したりすることが可能です。なお、リソースプールはメンバーを固定しません。すべての医師、看護師がリソースプールに該当します。図3はある時点におけるリソースプールの状態を示したもので、たまたま医師CとDが残っている、という状態になります(医師ではなく、看護師をリソースプールに加える、という組織構成でも差し支えありません)。

また、診察室3は、常に使用しませんがバッファとして設けました。

メーカーなどの企業では、若い人の技術力を高める育成道場を設けたり、 OJT(On the Job training)に力点を置いた仕事の機会を作ったりすることがあります。ベテランに比べると仕事は遅いかもしれませんが、人財育成の場として経験を早く積ませるための取り組みです。その観点で、診察室3を医師の育成の場に充てるという考え方もあります。

このような考え方は、組織のITシステム基盤の開発・運用を手掛ける部署などでも適用できます。たとえば、新システムを開発するチーム、定常運用するチーム、突発的なシステムのトラブル対応に対処するチーム、を設置します。人財のリソースプールを設け、ある期間でジョブローテーションを行い、人財育成を進めます。プロジェクト期間においてはそれぞれ役割分担し、各業務を兼務させずに、専念させます。

そうすることでトラブル対応時間を短縮しつつ、より多くの開発プロジェクトを回すことができ、開発のスループットを高め、人財の育成も可能になります。

TOC(制約理論)を活用する

ただ、図3を見るとこんな意見も出てきそうです。

「診察室3が空いているんだから、そこも使ったほうがいいだろう」

「診察していない医師を遊ばせておくのはもったいない」

確かに、待合室には診療を待つ外来患者さんがいます。「早く対応してあげたいから」と持てる設備や人員をフル活用したくなるのは当然でしょう。

ただ、ここで少し引いた位置で、そして少し長いスパンから業務全体を眺めてみてください。

図2の説明で触れたように、すべての診察室を使い切ってしまうと、たくさんの患者さんが集中したときに対応しきれなくなります。また、医師がすべて診察にかかりきりになってしまうと、図3で言及した優先度の高い緊急対応に手が回らない可能性があります。

もし、ある医師や看護師が体調を崩してしまった場合、誰かサポートに入れると心強いはずです。余裕としてバッファを見込んで確保しておくことで、結果的に患者さんを待たせず、サービスを安定して提供することにつながります。

とはいえ、これまでの業務のやり方を変えようと社内の調整を進めると、部署間での摩擦や対立が起こってしまうことがあります。

このようなときに、TOCの知見を活用してみてはいかがでしょう。

対立や矛盾を解消するための思考プロセスの1つである、クラウドの考え方を利用すると課題解決につながりやすくなります(弊社コラム「仕事や家庭で感じるジレンマを解消するには」)。

たとえば「私たちのゴールは、設備や人員の稼働率の向上でしょうか?」と問いかけてみましょう。もしその方針を選択した結果、病院の経営が傾いて立ち行かないようならば、本末転倒です。働く医療従事者の皆さんも困りますし、多くの患者さんに早く元気になってもらうための力になることができません。

何が組織にとって本当のゴールなのか」が見えてくると、現場のメンバーの意識が変わって、取り組みが一気に加速することがあります。問題の本質や、システムの制約がどこにあるか、クリティカルチェーンはどこかを探る過程で、経験豊富なTOCコンサルタントの知見の活用をぜひご検討してみください。問題解決のスピードが各段に向上します。

クライアントと築く信頼関係

留意点をまとめてみます。

  • 目先のリソースの稼働率ではなく全体のスループット向上
  • リソースプールやバッファを活用する
  • TOCの考え方を取り入れると組織全体の取り組みが加速

今回、ジョブショップ型の事例を例示しつつご説明をしました。この考え方はさまざまな分野と親和性が高いと考えられます。先ほど述べたシステムの開発・運用を担うチームや、設備の保全・整備の分野なども役立てることができます。後者は一般的に 「MRO」と呼びます(弊社用語集もご覧ください:MRO(Maintenance, Repair, and Overhaul )

弊社TOCコンサルタントにとって1つ確かなことは、同じ現場というものは世の中に1つとしてないということです。お客様の現場は、千差万別なのです。

あるところで成功したやり方だから、それを適用すればうまくいく、という単純な話ではありません。現場に足を運び、コミュニケーションを丁寧に重ねながら問題の本質を一緒に紐解いていきます。

「自社の業務に適用できるかどうか・・・」

そんな疑問がありましたら、ぜひ私たち、プログレッシブ・フロー・ジャパンにお声がけください。

 

< 補足情報 > 図1と図2におけるスループットの比較

図1と図2でリトルの公式に基づいてスループットを比較してみましょう。前回のコラムでご紹介したリトルの公式を用いると

(診察室にいる平均患者数)\(÷\)(患者1人当たりの平均診察時間)\(=\)(ある時間あたりに診察できる平均患者数)

です。

図1は、4(人)\(÷\) 0.5(時間)で、1時間当たり8人

図2は、2(人)\(÷\)1/3(時間)で、1時間当たり6人

です。対応できる人数は、75%(8人→6人)に減りますが、設備(診察室の数)は半分で済みます。

仮に、もう1つ診察室を開いて3つの診察室にすればスループットは、3(人)\(÷\)1/3(時間)で、1時間当たり9人の患者を診察できます。これは図1より高いスループットです。

プログレッシブ・フロー・ジャパン コンタクト

私たちは企業やサプライチェーンのスループットを左右する「制約」に着目。本来のポテンシャルを引き出し、業績やパフォーマンスの飛躍的な向上をお客様とともに実現します。

TOCエピソード配信ニュースレター TOCのエピソードが届くニュースレター
ご相談・お問合せ ご相談・お問い合わせはお気軽にどうぞ