仕入先との価格交渉が行き詰まったA社
完成品メーカーA社ではある悩みを抱えていました。コストダウンを掲げる資材部門と、仕入先である部品メーカーB社との間で仕入価格や納期に関する交渉がなかなかまとまらなかったのです。
部品メーカーB社は世界屈指の市場規模を有し、数多くの企業と取引がありました。A社はその中の一社で、しかもA社の販売シェア全体の1%程度の取引先にすぎません。
B社は好調な需要を背景に、A社に対して当初3カ月だった供給リードタイムを徐々に伸ばし、直近では「6カ月まで延ばしてもらえないか」と依頼してきました。また「部品の販売価格を50%上乗せさせてほしい」と価格面でも強気の姿勢を崩しません。
コストダウンをミッションとするA社の資材部門は、おいそれとB社からの値上げ要求を飲むことはできませんが、B社との交渉が長引けば、やがてA社の在庫や生産にも悪影響が及びます。A社の資材部門の中には「これ以上は待てない。やむをえないが価格の上昇分は、うちの顧客へ価格転嫁したり、納期を延ばしてもらったりするしかない」と妥協点を探る声も聞こえてきました。けれどもA社の既存顧客に対して、営業部門が値上げや納期の延長を求めれば競合他社へと離反するおそれがあります。社内では営業部門と工場(資材部門含む)部門の間で対立の様相を呈してきました。
まとまらない議論の中で、生産に詳しいA社の担当者Xは、B社から仕入れようとしている当該部品原価が完成品に占める比率は、わずか数%に満たないことに着目しました。その原価上昇分は、生産現場における工夫で吸収できると判断したからです。
ピンチをチャンスに変える条件
その条件とは以下の3点です。
- 購入する部品の手配を、B社における生産の「前半工程」分と「後半工程」分の2段階に分けさせてほしい。
- 前半工程分は6カ月先、後半工程分は1.5カ月先の手配とさせてほしい(例:【前半】4月に10月分を手配、【後半】8月中旬に10月分を手配)
- 前半工程分を手配してから6カ月以内に後半工程分の手配をしなければ、後半工程分の部品購入価格の60%で引き取る(B社における前半工程分の部品の価格は売価の30%程度。つまりその2倍の価格)。また、価格条件とリードタイムもクリアし、さらに仕掛かりとなった場合も後半工程分をA社が60%で購入する。
これらの条件をB社のトップは快諾しました。
一見すると、A社は先方の言いなりになったように見えますが、A社担当者には、B社と自社がWin-Winになる算段が出来ていました。次のような思慮を巡らしていたからです。
- 前半工程の状態の部品ならば、自社の多くのモデルへの転用が可能だけでなく、他社への転用も可能となり、需給が逼迫する状況下で、万が一自社で処理できなくても他社に活用を持ちかけられる。
- 1.5カ月先の手配を選択肢に加えることで、6カ月先の予測が外れることによる在庫増、欠品のリスクを避けることができる。
- B社における後半工程は、A社において「どの顧客に販売する、どの製品を作るか」という自社製品を決めるタイミングと重なる。すなわち、A社製品の製品リードタイムを2カ月(=1.5ヵ月(手配したB社の後半工程)+0.5カ月(自社加工の時間))による構成部品(Assy)として設定できるので、競合他社よりも短納期に対応できることを顧客(B社)にアピールする(「A社に頼めば何とかなる」というイメージを植え付ける)ことで、今後の受注につながる。
完成品メーカーの立場が強いときには
部品メーカーと完成品メーカーのパワーバランスは各社によって異なります。
前述のケースとは逆に、部品を購入する完成品メーカーの立場が強く、サプライヤーである部品メーカーの立場が相対的に弱いという場合もあります。原材料価格の上昇により、部品メーカーが本音では販売価格を値上げしたくても完成品メーカーの値下げ圧力が強く、なかなか言い出せない場合もあります。
しかし、もし完成品メーカー側が、前出A社のように、高い生産性を持つ生産基盤を構築していれば、値上げを吸収してくれる可能性があります。一方、完成品メーカーの立場で見ると、余力があれば他の部品メーカーが抱える在庫を買い取ることもできます。それをテコに部品メーカーと交渉し、次の生産プロジェクトでは有利な条件で仕入れることができるかもしれません。
このように部品メーカーや完成品メーカーでは、サプライチェーン全体を俯瞰しつつ、自社のとるべきアクションを冷静に判断、決定できる販売先のキーパーソンと日頃から信頼関係を築いておくことが重要です。それは必ずしも資材部門の担当者とは限りません。事業部長などの立場の人が鍵を握っている場合もあるでしょう。TOC(制約理論)の観点で言うと、全体を俯瞰して制約を把握し、それら制約をどのようにコントロール、または活用すればよいか、という判断や意志決定ができる立場にある人です。
こうした考え方は、金型メーカーにおける金型の素材となる金属材料の調達、半導体業界におけるウエハの調達、樹脂コネクタ製造における樹脂材料の調達、などさまざまな領域で当てはまるはずです。
KPIが部分最適を生み出していることも
さて、冒頭の完成品メーカーA社の担当者が、部品メーカーB社との交渉をまとめる際に適切な判断をくだせたのはなぜでしょう?
いくつかのポイントを挙げてみたいと思います。
- 調達する部品が他の製品にも転用できる共通部品であることを、培っていた生産の見地から見抜いていたこと。
- 自社の生産基盤のキャパシティを左右する制約がなにかを把握し、生産性を高めるために、何を、どのようにコントロールすればよいかを熟知していたこと。
- 自身のミッションは、自社や自部門の儲けだけではなく、(仕入先を含む)取引先や客先も一緒に儲けること、そしてともに喜びを分かち合いたい、という思いがあったこと。
一般に部門ごとのKPI(重要業績評価指標)やさまざまな管理指標のもとで、各部門は自らのミッションに専念しがちです。例えば、資材部門であればコストダウン、営業部門であれば売上高の伸長など、です。それぞれのミッション自体を否定するものではありませんが、それにこだわり過ぎて、部門間で対立や矛盾を招くことは少なくありません。逆説的ともいえますが、営業、設計、生産、資材調達、販売などの各部門がそれぞれ真面目にミッションを遂行することに集中するあまり全社的には部分最適化が進行しているケースが見受けられます。
一方、全体最適が実現すると、原材料や部品の仕入先から製品の販売先を含めたサプライチェーンにおいて、お互いWin-Winのメリットを得ることが可能になります。
そのためには全体最適を主導できる人材、リーダーが必要です。そのリーダーをどのように育成していけば良いのか。稿を改めて考えてみたいと思います。
プログレッシブ・フロー・ジャパン コンタクト
私たちは企業やサプライチェーンのスループットを左右する「制約」に着目。本来のポテンシャルを引き出し、業績やパフォーマンスの飛躍的な向上をお客様とともに実現します。